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名古屋高等裁判所 昭和34年(ツ)1号 判決

上告人 控訴人・被告 吉田良男

訴訟代理人 中村領策

被上告人 被控訴人・原告 貫和与作

主文

本件上告を棄却する

上告費用は上告人の負担とする

理由

上告人の上告理由は別紙上告理由書記載の通りである。

(一)  上告人は本件農地は不当な農地買収を是正する目的を達成するための贈与契約により被上告人から上告人に平穏かつ公然と引渡されたものであるのに、今更被上告人が所有権を主張してその回復をはかるのは、すこぶる信義に反するから、之を許すべきではないのに、原審判決が之を認容したのは違法であると主張する。

しかしながら自作農創設特別措置法により売渡された土地は、売渡を受けた者に保有せしめるのが同法の趣旨とするところであり、之を譲渡処分する行為は同法違反として無効と解すべきこと後述する通りである。(而して右の法理は本件の如く不当な農地買収を是正するために売渡を受けた者と被買収者との間で直接譲渡する場合にもその適用があるものと考えられる。)

かように本件土地の贈与契約が強行法規に違反するが故に無効である以上、かかる違法状態をそのまま温存維持することは国家として耐え難いところであるから、仮に被上告人の本件請求(原状回復請求)が当事者間では信義に欠ける点があつたとしても、之を理由に右請求を拒否することはできぬものと考える。然らば上告人の信義則違反の主張に基く上告理由は失当といわなければならない。

(二)  次に上告人は自作農創設特別措置法の施行当時におけるいわゆる解放農地の処分は当然無効ではなく、農地調整法第五条による知事の許可さえ受ければ有効であるのに之を当然無効と解して上告人の反訴請求を排斥した原判決は違法であると主張する。

しかしながらいわゆる解放農地は日本の農村における民主的傾向の促進と農業生産力の発展とをはかるという国家的な目的のために戦後、自作農創設特別措置法による特別措置として地主からその意に反して「適正価格」で買収された上、自作農として農業に精進する見込のある者に対し「適正価格」で売渡されたものであるから、之が売渡後直ちに他に譲渡処分されるようなことがあるならば、自作農創設事業の趣旨が全く没却されるのみか、前記国家的目的のために買収に甘んじた被買収者に対し著しく衡平を失する結果となり延いては自作農創設事業の円滑な進行も期待し難いこととなるであろう。それ故かかる事態の発生を如何にもして防止するのが、同法の趣旨とするところといわねばならない。

されば自作農創設特別措置法第二十八条は「第十六条の規定による農地の売渡を受けた者若しくはその者から当該農地の所有権を承継した者が当該農地に就いての自作をやめようとするとき、(中略)政府は命令の定めるところによりその者に対して当該農地を買い取るべきことを申し入れなければならない。」と定めて、かかる場合は政府において右農地を買取つてしまうこととした。尤も同条はかかる農地の処分行為の効力につき明言していないから、政府の買入申入のある迄は行為自体は有効とする考え方もあるかも知れないが、売渡を受けた者は特に自作農として農業に精進する見込のあることの確認を受けた上で売渡を受けているものであり、同人に右農地を自作させることが自作農創設事業の眼目であること、及び前記被買収者の立場との権衡を考えるならば、かかる処分行為自体の効力も否定してしまわねば自作農創設特別措置法の所期の目的を達成し難いと思われる。然らば自作農創設特別措置法により売渡を受けた農地の処分は同法違反として無効のものと考えられる。(前記自作農創設特別措置法第二十八条が、此の場合の政府の買入申入の相手方を処分者-「その者」、即ち第十六条の規定による農地の売渡を受けた者又は承継人-としているのはかかる処分行為を無効とする立場に立つたものと解せられないでもない。

上告人は自作農創設特別措置法は専ぱら農地の配分のみを規定する法であり、「農地配分後の取締」はすべて農地調整法によると主張するがその根拠はなく、農地調整法は農地統制の基本法であり、自作農創設特別措置法はその名の如く今次の自作農創設特別措置に関する規制(創設自作地の統制を含む)を網羅的に規定する特別法であると解するのが相当である。

然らば本件農地の贈与契約は無効であり、之と同旨に出た原判決には何等違法のかどはない。

以上の如く本件上告はすべてその理由がないから之を棄却することとし、民事訴訟法第四百一条第八十九条第九十五条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 県宏 裁判官 奥村義雄 裁判官 夏目仲次)

上告理由

一、原審判決はその理由に於て「当時本件土地は別紙目録記載の番号〈1〉の土地からの分筆登記がなされていなかつた関係上、後日本件土地を分筆して控訴人のため本件土地につき所有権移転登記することを約したことを認めることが出来る」と説示し且つ「右認定事実によれば国が控訴人から買収の上、昭和二二年一〇月二日自創法等十六条により被控訴人に売渡した結果同人の所有に属することになつた本件土地を昭和二三年春頃被控訴人は控訴人に贈与しその所有権を移転すべきことを約しその引渡を了したものと認めるのが相当である」と陳べ、依つて本件土地を被上告人が上告人に対して返還する(登記手続上の形式では贈与)事とし且つその登記を約束して本件土地を引渡した事を認定せられた。従つて本件土地に対する当事者間の贈与契約及び所有権移転登記契約が成立した事実並びに本件土地の引渡が了している事実は適法に確定したものと認むべきである(民事訴訟法第四〇三条)。

二、而して右契約について未だ富山県知事の認可を得ていない事も亦事実であるから本件土地に対する所有権が被上告人から上告人へ移転しておらない節については上告人も之を争わないが第一項の事実の通り被上告人が上告人に対し本件土地を返還する目的のもとに(即ち不当な農地買収を是正する目的を達成するために)平穏且つ公然と引渡した本件土地を所有権を主張して返還すべき旨請求する事は頗る信義に反する所為であると言うべきであるから(国が農地法第八条同第九条により買収する場合は別として)第一項の通り事実が認定された上は原審は民法第一条の規定を擬律して被上告人の請求を排斥すべきである。旧農地調整法(昭和一三年法律第六七号、昭和二一年法律第四二号)第五条で農地の所有権移転を禁止する趣旨ではなく知事の許可又は市町村農地委員会の承認を法律上の効力発生の条件とする趣旨であるから本件当事者間の前記契約そのもの並びに土地の引渡は少しも違法ではなく、且つ擬律は裁判所の権利義務であつて当事者主義に追随する必要はたい。(農地の自作者が自作地を他人に耕作させた場合は只国が買収する権利がある丈で本件の様に国が買収に乗り出していない限り右認定事実は直ちに違法とは言われない)果して然らば原審は判決に重大なる影響を及ぼすべき法律に違背し、その解釈、擬律を誤まつたものと言うべきである。

三、原審判決は「しかして戦後における吾が国民主化の一環として行われた一連の農地立法の一たる自創法は云々」と説示し自創法は農地の自由処分を禁じた強行法規であるから第一項記載の認定事実即ち本件契約は無効であるから上告人から被上告人に対する反訴請求は失当であると判定せられた。然れ共右原審判決は今次農地改革立法の一斑丈を見て全容を見失つた暴論であつて著敷法律の解釈適用を誤まり畢竟判決に重大な影響を及ぼすべき法令に違背するものである。即ち所謂農地改革立法は一面に於ては自創法を以て「農地の配分」を規定し他の一面に於ては農地調整法を以て「農地配分後の取締」を規定していたもので自創法第二八条を以て所謂解放農地の処分を禁止した趣旨と解することは原審の独断であり且つ農調法の存在を無視するものである。(現在は農地法を以て旧来の二元制を統一し配分と取締は一元化した)自創法は解放農地の処分を禁止する事を目的とせず同法第二八条と雖も解放農地の処分を禁止した規定ではない。本件は事案の本質上もとより配分後の農地の処分に関する争訟であるから農地調整法の適用に俟つべきである処同法第五条は前項陳述の通り解放農地の処分を全面的に禁止した規定ではなく処分契約の効力を知事の許可にかからしめる事を規定したものであつて解放農地に対する売買、贈与契約そのものは少しも違法ではない(この点については多数判例の一致する処である)。而して契約の確認を求める事は民事訴訟法上許されない(最高裁判所)し且つ契約の効力として直ちに該農地の所有権が移転するとは主張出来ないけれ共本件の場合に於て第一項の認定事実に基き上告人が被上告人に対し所有権移転の前提となるべき知事の許可申請手続を請求し且つ知事の許可ありたる時は贈与を原因とする所有権移転登記手続を為すべき旨請求する事は少しも違法ではない。されば原審が第一項の認定事実即ち当事者間の契約は自創法の趣旨に抵触するが故に無効であると認定し次に該契約は無効であるから上告人の請求はすべて違法であると判定された事は間違いであつて確定した第一項の認定事実と齟齬しているというべく畢竟判決に重大な影響を及ぼすべき法令に違背するものである。本件の場合に於ては国が自創法第二八条及び農地法第八条同第九条の規定により本件農地の買収に乗り出さない限り上告人から被上告人に対する反訴請求が排斥せらるべき筋合は毛頭ない。而して農地法第八条及び同第九条の処分は行政処分であつて本件裁判とは直接何等の関係もなく又現実に国が買収の手続をなしたという事実も証拠もない。右の次第でありますから原審判決を破毀し上告人の請求通り御判決相成度上告致します。

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